ジョハリの窓

 部屋の片付けをして、積んであった書類の整理をしていると、コミュニケーションに関する授業でやった「ジョハリの窓」というワークのワークシートが出てきた。

ジョハリの窓 - Wikipedia

 「ジョハリの窓」とは、簡単に言うと自分自身の思う自分と、他人から見える自分がどう違うのかというのを認識するためのワークだ。このワーク自体は2時間分しか授業の中では取り上げられなかったが、自分が当初思っていたよりも割におもしろかった。

 授業内で実施されたワークは、4人ないし5人のグループを組んでお互いに軽く自己紹介をしたあとで、それぞれの第一印象をもとに55個の形容詞の中からその人に適当だと思われるものを5個程度選ぶというものだ。僕はその授業内でほぼ数人しかいない4年生のうちのひとりだった。卒業に必要な単位ジャンルが足りなかったため、仕方なく履修したのだ。

 僕は自分自身のことを「複雑な性格」「寛大」「物静か」「思慮深い」「ぴりぴりしている、緊張感がある」などの形容で表現できるものと考えていたが、僕以外のグループ・メンバーは、僕のことを「有能」「知識が豊富、賢い」「適応性、柔軟性がある」「落ち着きがある」「勇敢」「物知り、博学」「自立している」などで形容した。

 このように、自分の考える自分(隠された自己)と他人から見える自分(盲点の自己)が基本的には異なり、そこに新しい発見があるというのがこのワークの面白いところだ。 

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 僕は、他人が自分を「勇敢」とみていることにとても驚いた。確実に言えるのは僕は決して勇敢ではない。授業で手を挙げるときでさえ、もし僕が言っていることがめちゃくちゃだと思われたらどうしよう、それどころか手を上げていることが気づかれなかったらどうしよう、などのような不安を抱えている。

 けれども、このワークが行われた授業は基本的には1年生ないし2年生によって構成されている授業だったこともあってか、教授からの質問に対して積極的に手を挙げる人間が多くなく、授業が滞ってしまうのはイヤだなと思い僕は積極的にいくつかの質問に対しては僕が手を挙げて答えていたのだ。僕のような4年生が授業で目立ってしまっては、他の人間がやりにくいかもしれないと感じたが、授業がダラダラしてしまうよりはよっぽどマシだと思ったのだ。

 一般的に見て、授業で積極的に手を上げられるような人間は自信があったり、物怖じしないように見える。それこそ小学生の頃はみんながみんな手を挙げて先生の質問に答えようとしていた。だがなぜか中学生、高校生と年齢が上がるに従って、多くの人間が積極性を失っていく。僕もそういう人間のひとりだった。

 高校時代は英語が得意だった。さほど進学校というわけでもなかったので、学校の中でも英語が出来る人間の部類に入った。なので、授業に熱心だったのは唯一英語だけだった、それこそたまに手を挙げることもあった。だが、それは自分が英語ができるという自信があっただけだ。そして、他の人間にも俺は英語が出来るんだということをアピールしたい気持ちがあった。

 いつだったか、NHKでやっていた、海外から来た凄腕卓球コーチが2週間で日本の子どもたちを指導し、最終的には小学生くらいの子どもたちが地元にある卓球の強豪高校の学生たちと試合をするという番組のなかで、そのコーチが「日本人の子どもたちは、勝ちたいという思いが強すぎる」というようなことを言っていて、この言葉がすごく心に刺さった。僕もまた、他の人間から一目おかれたいという欲求にのまれていた。自分が公の場でロクでもない質問をしたり、手を挙げてわけのわからないことを言って、ダメなやつだと思われたくなかったからだ。

 ウサイン・ボルトは日本の陸上選手である桐生に「国のために走るな。自分のために走れ」とアドバイスした。僕らは、自分が何かをするとき、それが自分以外の目からどのように見えるのかというのを気にしてしまう。それは最終的に自分自身のプレッシャーになり、失敗を盲目的に恐れてしまうようになる。大切なことは、いま自分がやっていることに関して、それを他人がどう思うかということを気にしすぎるあまり、自分自身がそれを楽しめなくなってしまうことを避けることだ。楽しめなくなった瞬間にそれは苦痛になるし、苦痛を感じると冷静さを失いがちだからだ。

 僕は小学生の頃、周りの友達がポケモンドラクエに夢中だった一方で、父親から譲り受けたパソコンに夢中だった。もちろん、他の友達のようにゲームもしたかったが、パソコンしかなかったのだ。他の人間からはアイツはなんでパソコンなんかやってるんだというようにみえたらしい。その当時のパソコンはまだWindows98で、できるゲームもさほど質が良いとは言えなかった。それでも僕はゲームをしながらC言語HSP、BASICなどの言語をかじって、少しづつプログラミングの勘所を養っていてたらしい。結果的には、今現在のような、ソフトウェア・エンジニアとしてのキャリアのステップに片足をかけることとなった。

 大抵の人間にとって、プログラミングは楽しいものではない。それこそ、職業として、あるいは授業の課題のために仕方なくコードを書くという人のほうが多いかもしれない。それでも、プログラミングを楽しいと思えるある種の特異性は、いくつもの失敗やミスを繰り返したところでプログラミングをやめようと思わせるきっかけにはならなかった。これは、英語もまた同じだった。プログラミングをするにあたって、どうしても日本語になっていないドキュメントを英語で読まざるを得ないシチュエーションが多かった。英語ができる/できないにかかわらず、英語を読む必要があるという状況に際して、数をこなしていくにつれて、ある程度の勘所がつかめるようになっていった。

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 話がそれた。大学とは、自分の興味のある学問に対して深く勉強をするための場所だ。けれども、実際にはそれだけではなく、友達を作ったり、バイトをしたり(これは大学とはまた別だが)新しい交友関係や交際圏が広がる場所でもある。そういう場所にあっては、どうしても他人から見える自分というのを気にしがちになる。ひとりで孤立するのは怖いし、できるだけハブになりたくはないからだ。そのために、みんな、他人からできるだけ自分が、様々な意味でよい人間に見えるよう、工夫をする。その結果が、ジョハリの窓によって現れる自己の差分であると思う。みんな意識せず、自分自身という人間の見え方がその場にふさわしいものであるように姿を変えながら生きている。それが辛くなった人間が、大学にいけなくなったり、休学して一人旅に出たりする。ジョハリの窓は、そんな様々な自分をみつけるきっかけになるだろう。