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いまのはなし3

 自分がいま滞在しているシェアハウスの近くにはピーツ・コーヒーというサンフランシスコで広くチェーン展開しているカフェテリアがある。正直なところ、日本にいたときにはスターバックスはおろかベローチェだとかサンマルクとかには全然行ってなかったわけで、いまでも店に入ってラテとか言われてもぱっとは頭のなかで想像しにくい。

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 さてこのピーツ・コーヒー、正式名称はピーツ・コーヒー&ティーというらしく、比較的酸味の少ない苦いコーヒーで有名らしい。どこのコーヒーがうまいとかまずいとかそういうはなしには全く持って門外漢なので味に関しては実はどこでもよかったりする。ここサンフランシスコには日本でも一瞬、いやしばらく騒がれたサードウェーブ・コーヒーとして有名な「ブルー・ボトル・コーヒー」があって、少し前に試しにいってみたときには、地元のコーヒー・ラバーたちがこぞってブルー・ボトルのコーヒーを楽しみに来ていた。本当は家でじっくりラテの味を楽しみたかったのだけれど、何を血迷ったかhereと行ってしまったので、ちっこいカップにはいったコーヒーを窓際の席で飲んだのを覚えている。

 もちろんなのではあるけれどブルー・ボトル・コーヒーは高かった。今のレートがどの程度かわからないのでなんとも言えないけれど、確か7ドルくらいは取られた気がする。そう考えると7ドル払ってエスプレッソでもないのにあの量はちょっと高い気がする…いや、こういうセコい考え方でコーヒーを飲むとろくな事にならない。そもそもコーヒー自体が沢山ガブガブ飲んで楽しむビールの類とは違う一口の苦味と酸味を楽しむ紳士の飲み物なわけだ。この観点から言えばブルー・ボトル・コーヒーの一杯のいかに妥当なことか!

 ちなみにピーツ・コーヒーはどうなのかというと、まあ普通である。普通が人それぞれ一番バラける基準のある言葉であるという枕を添えても、まさに普通のプライスである。たぶん。今日注文したのはエスプレッソのカフェラテであるが、これがミドルサイズで3.80ドル。日本円にすると…計算するのがダルいのでここでは割愛するが、それよりもピーツ・コーヒーの(というよりサンフランシスコのカフェの)ミドルサイズは日本で言うトールくらいはあるのだ。正直全部飲み終わる頃にはもうコーヒーはむこう3日くらい入りません…くらいの気分にもなれる。それだけ満足させてもらえるなら4枚のBucksなんて大したことはないのである。

 自分はコーヒーでも比較的甘いモノが好きなタイプだと思っていたが、実際にはそういうわけではないらしい。むろんまだブラックの良さには全然気付けないヤング・ガイではあるのだけれど、アイスクリームを溶かしたような甘ったるいスターバックスのチョコチップうんちゃらよりかは、それこそこっちのピーツ・コーヒーのような苦味の強いやつのほうがこころが落ち着くような気がするからである。気がするだけなので本当にココロが落ち着いているかどうかは分からないが、「病は気から」とも言うようにまずは気持ちから変えていくのが大事であろう。そのためにコーヒーを飲むとすれば、コーヒーはまさに精神安定剤ではないか。

 いまインターンをしている会社に、自分と同じ期間インターンをしているいわゆる同期の人間がいるが、彼は自分の体のデータをウェアラブルデバイスで測定し、あらゆるデータを数値化し、自分の生活を最適化しようとしている。アップルウォッチのような体に身につけるデバイスは日本ではあまり使っている人は見かけないが、こちらでは割りといろんな人がつけているのを見ることができる。加えて、それとも別にFitbitやJawboneなどというブレスレット型のデバイスがあって、それはiPhoneなどと連動して詳しいデータを記録してくれるというスグレモノである。彼のデータによれば、なんと彼は毎朝起床の約1時間あたりは眠りが浅いので寝る必要がないらしい。ふむ、なるほど、では今度から早めにおきるとしよう、となって起きれればいいが、残念ながらウェアラブルはそこまでの面倒は見てくれない。少なくとも手元をブルブルと振動させてくれる程度のことはしてくれるようだが、それ以上の気の利いたことはもはやブレスレットの範疇を超えている。手首のあたりから電気ショックを与えるのも一つ悪くない方法かもしれないが、そこまで乱暴に起こされては目覚めいいもヘッタクレもない。

 こうした類の自分の身体や生活をデータ化してもっと良くしていこう、みたいな考え方はSpaceXイーロン・マスクやらアップルCEOのティム・クックみたいなLife is work的生き方の総本山の人たちが積極的にやっている印象があるわけだが、もはや彼らのような次元に達してしまえば、まず体を壊すことが企業の存亡に関わること間違いないはずで、ある意味もはや肉体が精神についてこないという事故を未然に防ぐための積極的健康というようにも思える。ウェアラブル・デバイスは決して人間の身体機能を増強しうるものではないのでそれ以上のことができるわけではないが、とはいえ件のコーヒーを飲むと精神が安定する気がするのは本当に安定しているのか、はたまたやっぱり「気がしている」だけなのか、みたいなものがデータとして取れるからには次はいつどれくらいの量のコーヒーを飲むのが自分にとって最適なのかというデータを算出する助けにもなるかもしれない。しかし、とはいえ携帯の電池残量が数値で見えることで余計にバッテリの減りを実感してしまうように、無駄に体の変化がデータとして取れてしまうと、自分の身体能力の衰えだとかある種の抗えない後退にショックを受けることもあるかもしれない。ただ、こうやって自分をデータにしようだなんて考える人達はそもそもそんなことで一喜一憂しないメンタルの持ち主なんだろうけど。